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12月からの講座シリーズで、「40代から考える明るい終活」をスタートしました。
これを機に、それらに関係する映画を観てみました。

意外とあるものです。


映画『私の小さなお葬式』

余命わずかだと知り、仕事で忙しい息子に迷惑を掛けないように
棺桶から死亡診断書まで用意してしまうという、ちょっとコミカルな映画。


映画『人生をしまう時間(とき)』

在宅の終末医療。
外科の医師として多くの手術を手がけてきた医師が、病院を退いた後に在宅医療に携わる。
自宅で療養の診察風景~最期を迎えた時までを追いかけたドキュメンタリー。
書籍化され、NHKでも放映されました。
『いのちの終(しま)いかた』『死を生きた人びと』


映画『山中静夫氏の尊厳死』
末期がんの宣告を受けた山中氏が主人公。
真面目に生きてきて、最期、自分の墓を自分の手で造るため、故郷に戻る。
だだただ楽に死んでいくことだけを願って。
人間の死を多く見てきた医師も、うつ病になりながら、尊厳死について考え続ける。

短期間に観ると、さすがにいろいろと考えさせられます。

50代の娘さんを看病するお母さん、寝たきりのお父さんを介護する盲目の娘さん、老老介護の様子等、
家族構成、住まいの事情、体調の度合い、皆それぞれでしたが、
生を全うしようという姿勢は同じでした。
お医者様にもターゲットが当たっていた映画が後半2本でした。
どんなに多くの「死」に触れても、その度ごとに一人ひとりの人生を受け止め、尊重し、最後まで最高の治療・手当てをする、そんな場面を観ました。
そして、医師と患者という関係以外に、人vs人 としての対話が感じられました。
こんな風に接してもらえると嬉しいですよね。

「ありがとう」の気持ちで幕を閉じたいものです。

 
<これから観る予定の映画>

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映画『イーディ83歳、はじめての山登り』

夫の介護を終え、自分のやりたかった山登りに挑戦。
偶然にもイーディと同年齢83歳の女優さん、頑張って訓練したそうです。
わぉー、すごい!


高齢になって、介護状態になる人もいれば、まだまだいろんなことにチャレンジする人もいますね。
こういう人を見て、元気をもらいたいものです。

 
 
 
 
 

投稿者:高井貴容  更新日:2020年2月15日

 
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今年に入ってから最初に聴講した講座は、「現役医師4人が語る死生観」。
このうちお2人は、宗教者でもあられます。

● 仏教の立場から・・・・・ 斉藤大法 先生
● キリスト教の立場から・・ 種倉直道 先生
● アーユルベーダの立場から 上馬場和夫 先生
● スピリチュアルの立場から 長田優香 先生

主催は、「NPO 法人 ほあ~がんサポートネットワーク」。
こちらの代表は、「イーハトーヴ クリニック」の 萩原 優 医師。
日本外科学会認定医、日本消化器内視鏡学会指導医、日本消化器病学会専門医であり、
催眠療法を取り入れていることでも有名です。

1ヶ月ほど経過してしまって、それぞれの方がどんなお話をされたのか、ぼんやりしてきました。

一番印象的だったのは、僧侶でもあられる斉藤大法先生のお話でした。
振り返ってみたいと思います。
「死生観」とは、生死に対するとらえ方

老・病・死における人々の本当の平安を実現しようとするならば、
以下の3つにおける安心を見出さなければならない。
明確な死生観を持つということは、そのことに関わる。

①病を得て、将来の死を意識しながら生きる日々
②臨終
③死後

<欧米豪で終末期に点滴や経管栄養をしない理由> ①死生観が明確
何もわからない状態で操作的に生き続けることは無意味
②倫理の問題
高齢者は、苦しむことなく尊厳をもって亡くなることが大切であり、人口栄養で延命することは倫理的ではない。
③高齢化による医療費の抑制
早い時期から高齢化を見越して対応してきた。

<日本の問題点> ①死生観が不明瞭
②使との向き合いができていない
③その支えとなる宗教・哲学がない。又は機能していない。

一方、インディアンは、明確な死生観を持っている。
今日は死ぬのにもってこいの日だ 生きている物すべてが、私と呼吸を合わせている すべての美が、私の中で呼吸している すべての美が、私の目の中で休もうとしてやってきた あらゆる悪い考えは、私から立ち去っていった
今日は死ぬのにもってこいの日だ 私の土地は、私を静かに取り巻いている 私の畑は、もう耕されることはない 私の家は、笑いで満ちている 子ども達は、家に帰ってきた そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ
このフレーズをかつて聞いたことがあることを思い出しました。 自然の中で生きている人は、死を自然のこととして受け止められるものですね。
 
≪死生観 まとめ≫ 死を回避するのではなく、やがて訪れる自然の摂理として受容するなら、
死の不安から解放された安心で創造的な人生が送れる。
心は、平穏となり、生存への理不尽な注着はおのずと手放され、
その結果として医療費も減少(適正化)してゆく。
ただし、このことは死を間近にしてはじめて考えるべきことではなく、
若いうちから向き合うことが望まれる。

先生は、エリザベス・キュプラー・ロスの本にも触れられました。
『死ぬ瞬間と死後の生』の本が有名でしょうか。
まだ、読んだことはないのですが、そろそろ読んでみようかと思います。

 
 
 

投稿者:高井貴容  更新日:2020年1月31日

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